9月7日(水)

被災地でいち早くコンテナ商店街を作り、そして既に営業している宮城県女川町へ視察に行ってきました。


女川町までは片道3時間半、気仙沼〜南三陸石巻と陸前海岸沿いを通って行ったのですが、道中、車窓の外には津波による被害の光景が終始広がっており、改めて被害の甚大さを痛感しました。

沿岸部から離れた内陸部においても、地震被害による地盤沈下や道路の損傷、滑落などがあちこちで起きているため、非常に危険で走りづらくこういったインフラ整備も急がれます。


途中、南三陸町で被災現場を視察したのですが、車から降り立った市街地にはまだかなりの量の瓦礫が残っており、とても痛々しい状況でした。
鉄骨の枠組みだけが残る防災対策庁舎も訪問し、その前で線香を上げさせていただきました。
地震発生後、この庁舎で避難誘導の無線広報業務を最後まで続け、そして津波の犠牲となった若い女性職員がおられます。
同じ地方自治体職員として、最後まで職務を全うされてお亡くなりになられた事を想うと、胸に込み上げてくるものがあり目頭が熱くなりました。本当に辛い。
他にも多くの方々が尊い命を亡くされいますが、心よりご冥福をお祈りします。



http://www.town.minamisanriku.miyagi.jp/uploads/photos1/2064.pdf (リンク元南三陸町役場HP)



女川町に着くと町立女川病院のすぐ手前にコンテナ商店街はありました。
コンテナ数は全部で10棟。その内店舗としているのは8棟です。
7月1日にスタートした「おながわコンテナ村商店街」には花屋、雑貨屋、婦人服屋、総菜屋、コンビニ、電気屋、魚屋そして居酒屋までとバリエーションに富んだ店が並んでいます。
お客さんは地元の人に加え、震災支援活動関係者も来られるそうで、特に休日は賑わっているそうです。また、ボランティアの被災地見学の昼食場所としても組み込まれているのは、なるほどと思いました。
この商店街、元々は商工会青年部が中心となってNPO等の協力を得ながら始まったのですが、出資金含め行政の手は一切入っていないとの事。
やはりそこに住む地域の人のパワーは凄い。住民主導でなければ進まないと思います。
産業・商業復興の面でも被災地は依然として過酷な状況にありますが、その中において自分たちで何とかしよう!という極限にポジティブな姿勢を見ると、いつもただただ尊敬してしまいます。
そして少しでも自分にそのお手伝いが出来ればと思います。




今回、女川町商工会青年部OBの青木さんに教えていただいた貴重なお話やノウハウは、陸前高田のコンテナ商店街作りにも活かせそうな内容でした。







田崎 正浩(京丹後市