白砂青松の御縁

 20日(日)午後、京都府京丹後市より「琴引浜の鳴り砂を守る会」(以下、鳴り砂を守る会)の皆様がお越しになりました。
 鳴り砂を守る会は、20年ほど前から京丹後市の琴引浜の環境保全に取り組まれているそうです。
 19日、20日に気仙沼で「2011年全国鳴砂サミットIN気仙沼」が開催され、その足で高田松原の状況を視察にお越しになりました。
 琴引浜は鳴き砂で知られる、風光明媚な白砂青松の景勝地です。守る会では松の保全にも取り組んでいることから、高田松原の現状について自分のことのように受け止められているご様子でした。

【震災モニュメント「希望の灯り」が設置される気仙大工左官伝承館を視察】
 
 一本松では「松原を守る会」の鈴木会長に高田松原の歴史や被災の状況をご説明いただき、松原への想いを共有することができました。
  鳴り砂を守る会では、高田松原の復元に協力したいとのことでした。

【一本松の視察】
 
 バスで12〜13時間もかかる遠路をお越しいただき、ありがとうございました。
 コーディネートしてくださった京丹後市の田崎さん、守る会の皆様がお帰りになりましたらよろしくお伝えください。

【鳴り砂を守る会からいただいた「琴引浜の鳴き砂」】
 
 この日の昼には久保田副市長のご紹介により、陸前高田市内に系列会社のシェリールの工場を有する島崎株式会社の嶋崎社長、島崎株式会社のある秩父市商工会議所の島田副会頭、秩父市役所の高橋政策推進局長兼地域政策課長にお会いしました。
 シェリールさんは秩父市のボランティアの皆さんとともに、陸前高田市で被災者の方々に衣料をお配りしたり炊き出しをされたり、継続的に活動をされています。
復幸応援センターとしても共同で取り組めることがないか検討することとしました。
 
 なお同日の午前中は個人的にボランティア活動に参加し、気仙町地内の農地の側溝の泥かき作業に従事しました。
 側溝には隙間なく海の砂や畑の土が詰まり、泥の中には子供の玩具や生活用品なども見つかり、未だ残る爪痕に津波被害を思わざるをえませんでした。
 陸前高田出身の東京在住の方とも一緒に作業し、被災からしばらくの間ご実家と連絡がとれず不安が募ったとのお話をお聞きしました。(身内の方はご無事だったそうです。)

陸前高田市災害ボランティアセンター】
 
 またこの日には我が足利市にて「足利グルメグランプリ」というイベントが開催され、会場内で陸前高田市の復興グッズの販売と桜ライン311への募金活動を行いました。
 予想以上の反響があり、足利市民にも陸前高田市の状況を知ってもらうことができました。

陸前高田市民になりきって活動する栗原、金坂の両巨人】
 
 いただいた募金はさっそく実行委員会の橋詰委員長にお渡ししました。
 ご協力いただいた皆様に、この場をお借りしてお礼申し上げます。
 ありがとうございました。

【橋詰実行委員長(右手前)、佐藤事務局長(右奥)】
 
 日にちが前後しますが、19日(土)に、我らが生出基地にお客様がおいでになりました。
 11月8日の記事でご紹介したENproject japanの中田源さんたちです。
「復興支援グッズ MADE IN ALL陸前高田
http://d.hatena.ne.jp/seinen-shichokai/20111108
 日益屋のホルモンを熱いプレートで焼きつつ、中田さんたちの熱い思いをお聞きしながら、寒い生出の夜を温かい気持ちで過ごしました。
 ガレキーホルダーの作業所の熟女たちとの「出張ランチミーティング」が今から楽しみです。

【ガレキーホルダー IN OIDE】
 
 
 生出の山里も、明朝は銀世界かも。

 
 須長敏明(足利市